2011年12月10日

Todd Rundgren In The Studio

フリーランスになって、
出勤というものが無くなった代わりに発生した弊害があるとすれば、
読書の時間が圧倒的に少なくなったということだろうか。

サラリーマン時代はどんなに忙しくても必ず通勤時間があったし
外食の機会も多いから、読書の時間は自然と増える。
でも家で仕事していると自分で意識的に作らないといけないし、
ベッドに潜り込んでからの至福の読書時間も、
忙しければバタンキューですぐに眠りについてしまうし…。

というわけで、かなり前からちょこちょこと読み続けていた
『トッド・ラングレンのスタジオ黄金狂時代』をようやく読了した。

いつものように図書館にリクエストして借りたのだが、
忙しくて2週間経っても読み終わらなかったので、
どうせこんなマニアックな本を借りるのは自分だけだからと
一旦返して引き続き借りようとしたら、
何と自分の後に何人もの予約が入っていて驚いてしまった。
(鎌倉市内にこんなにもトッド・マニアがいたなんて!)

結局その人達が全部読み終わって、
再び自分が借りられるまで随分と時間が経ってしまった。
最初の2週間で無理してでも読んでしまえば良かったと後悔しきり。

読むのに時間がかかったのは、退屈な本だったからではない。
その逆でとても面白かったので、内容を噛み締めながら、
いちいちレコードを聴いて音を確かめながら読んでいた。

トッド・ラングレンの膨大なスタジオ仕事をまとめて分析した本は
今まで読んだことがなかった。仕事の請け負い方やスタジオでの方法論、
彼の性格やプライヴェートな実生活やら何やらが、
実際に仕事を共にしたミュージシャンや関係者の言葉で詳細に綴られていて、
実に読み応えがあった。

才能とは、凡人には見えないことを見る能力のことなんだなぁと、
読み終わってみてつくづく思う。
例えばブライアン・ウィルソンのスタジオ・セッションなどでもそうだが、
彼にはサウンドの完成型が頭にはっきりと描けているのだ。
トッドも同じで、スタジオで迷ったり考え込んだりすることが一切ない。
アイデアの奇抜さと豊富さ、問題解決の早さ、それによる生産性の高さなど、
まるで一般のビジネス書でも参考になりそうな事例ばかり。

ユートピアのメンバー、カシム・サルトンは
「あの頃(1978年)のトッドは2週間もあれば、
何もないところからアルバムを1枚完成させることができた」なんて言ってるし、
パティ・スミス・グループのレニー・ケイは
「欲しいものが分かっていたら手に入れてやる、
分かっていなかったら代わりに見つけてやる」という
トッドのプロデュース哲学(惚れちまいそう!)を、
創造性がないと出来ないことだと賞賛してる。

その一方では、とても飽きやすく、
同じことを繰り返すような単純作業は心底嫌いだったりするのが面白い。
トッドは初期に量産していた、誰もがいい曲だと思うような
ピアノ・バラードを徐々に書かなくなっていったけど、
それもこのような(天才にありがちな)飽きっぽい性格からくるのだろう。
かの美メロ名曲「A Dream Goes On Forever」を
「あの頃の自分なら眠っていても書けた女々しい曲」と切り捨てていたりして、
そういう曲のファンとしてはちょっと複雑な気持ちになったりもする。

そういった天性の創造性と、
エンジニア的な理数系の頭脳や感性を両方持ち得ているのもこの人の特異性。
世界がまだ『トロン』に驚いていた頃からシーグラフの熱心な参加者だったり、
シリコンヴァレーでの熱狂を間近で見たいからと
慣れ親しんだウッドストックを捨ててサンフランシスコに移住したことなども、
本書で初めて知ったことだった。

他にも「Sons Of 1984」の演奏にはホール&オーツが参加してるとか、
ユートピアの「The Very Last Time」は
ボストンの「More Than A Feeling」を下敷きにしてるとか、
XTCの「That's Really Super, Supergirl」のスネア・ドラムは
ユートピアの『Deface The Music』のマスターからサンプリングされたとか、
曲についての興味深いトリヴィアもたくさん知ることができた。

ところで、
最近『A Wizard, A True Star』の全曲再現ライヴをやって
ファンを狂喜させたトッド。次はぜひ『Something/Anything?』の
全曲再現ライヴをやってもらいたいなぁ。
(もちろん来日公演も有りで!『Something/Anything?』なら客入るでしょ)


今日のBGM:「All Smiles」by Utopia

↑丸ごとビートルズのパスティーシュ・アルバム『Deface The Music』から、
どこをどう聴いても「Michelle」をネタにしたナンバー
(邦題「ミッシェルの微笑み」)。

ユートピアの『Deface The Music』がリリースされたのが1980年10月で、
ジョン・レノンが射殺されたのがその2ヶ月後の12月。
本書によれば、ふざけたビートルズのパロディ・アルバムなんか
誰も聴きたくないという最悪のタイミングでリリースされ、
世間から酷評されたんだとか。
しかも狙撃犯のマーク・チャップマンは
ジョンと同じくらいにトッドの大ファンだったことが発覚!
この頃のトッドは踏んだり蹴ったりだったんだね(泣)。


Deface The Music.jpg


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2011年08月05日

Legendary Café B&B

湘南の音楽仲間Sさんに
『伝説の[カフェ・ブレッド&バター]』という本を借りた。

岩澤幸矢と岩澤二弓による兄弟デュオ、
ブレッド&バター初の自叙伝である。


Legendary Cafe B&B.jpg


タイトルにもあるように、
「ブレッド&バター」とはアーティスト名でありながら、
兄弟が70年代に深く関わった茅ヶ崎のカフェの名称でもある。

好き好んで湘南に住むくらいだから、
その伝説のカフェ「ブレッド&バター」のことは前から知っていた。
もちろん世代的に間に合わなくて訪れたことはなかったが、
60年代〜70年代の湘南の音楽文化に興味を持つ過程で、
後追いで知ったのだ。

なのでこの本はとても興味深く読めたし、
今回新たに知ったことも多かった。

まず構成が面白い。
前からは兄の幸矢氏が縦組みで「海まで歩いて7分」という自伝的エッセイ、
後ろからは弟の二弓氏が横組みで「Café B&B 1975-1979」という
追想記になっている。幸矢氏の文章はワイルドかつクールで理知的、
二弓氏のそれはナイーヴで叙情的、みたいな印象を受けた。

まず驚いたのが、この兄弟のお父さんって
脚本家/映画監督だったんですね。
岩澤庸徳といって、女優の高峰秀子から恋文を貰ったこともある
粋な映画人だったらしい。松竹大船撮影所の入社をきっかけにして
東京・深川から茅ヶ崎に引っ越してきたんだとか。

50年代〜60年代初期の茅ヶ崎の描写が良かった。
まるで昔の日本映画を観てるみたい。
何もないただの田舎の海岸から、
60年代中頃にパシフィック・ホテル茅ヶ崎が建ったあたりから
湘南文化が徐々に花開いていく様子が活き活きと描かれている。

幸矢氏の1967〜68年のアメリカ旅行記も面白かった。
一番いい時期にLAやNYを体験していて読んでいて興奮しきり。
その旅を共にした浩という男のキャラが最高にイカしていたが、
なんとトムズ・キャビンの麻田浩氏のことだと書いてあってびっくり!

更に70年代初めのロンドン・レコーディングで
スティーヴィー・ワンダーと知り合い、
後に「I Just Called To Say I Love You」を提供して貰う経緯や、
当時ブレバタで録音したにも拘らずオクラ入りになってしまった真相なども
今回初めて知ってなるほどなと。

また加山雄三、岸辺シロー、喜多嶋修、桑田佳祐、南佳孝、
ユーミン、オフ・コース、細野さんを始めとする
ティン・パン系ミュージシャンとの交友録も楽しかった。
(幸矢氏がマナと結婚したきっかけは、茅ヶ崎の飲みの席で
桑田さんが言った「マナとサッチン結婚したらいいんじゃねーの」
という軽いひと言だったそうだ)

ところで、
ブレバタやサザンの「ホテル・パシフィック」という曲の題材にもなった
(個人的には「夏をあきらめて」の詞で初めて存在を知ったが)
「パシフィック・ホテル茅ヶ崎」は上原謙と加山雄三が経営者だと思っていたが、
その親族で、岩倉具視の孫にあたる岩倉具憲氏も
共同オーナーだったことをこの本で知った。
その娘の瑞江さん(通称セミ)が岩倉家の膨大な敷地を使って
コミューン生活を始めたのが70年代半ばの頃。
(ブレバタの名盤『Barbecue』の頃っすね)

その庭の隅にあった9坪のガレージを改装して作ったコーヒー・ハウスが
初代「ブレッド&バター」だった。
弟・二弓氏の文章には、その伝説のカフェ「ブレッド&バター」が
開店してから閉店するまでの5年間のことが詳細に綴られている。

還暦を過ぎた今だからこそ言える、
当時の人間関係、恋愛のことが結構赤裸々に告白されていて驚いたが、
70年代の湘南に暮らした若者たちの青春が眩しく描かれていて、
読んでいて淡くノスタルジックな感情に浸ってしまった。

ちなみに現在、パシフィック・ホテル茅ヶ崎の跡地には
高級マンション「パシフィックガーデン」が建っている。

昨晩、その近くにあるアナログ・レコード・バー「BB」という店に行って
一杯飲んで来た。
この店も元々はブレッド&バターのマネージャー氏が
10年ほど前に開店した店で、
僕も何回かDJにお呼ばれしてレコードを回したことがあった。

その「BB」も今週末には閉店してしまう。
海風が気持ちいい海岸近くのその場所から撤退して
新しい場所で再開するそうなのだが、
今も昔も色々なことが目まぐるしく移り変わっていく日々に、
何だか少し切ない気持ちになってしまった。


今日のBGM:「Summer Blue」by ブレッド&バター

↑アルファに移籍してリリースされた1979年のアルバム
『Late Late Summer』から大好きな曲を。
作曲:岩澤二弓、編曲:細野晴臣。

二弓氏がセミと別れて辛い日々を送っていて
どうしようもなくなった時に、お兄さんに頭を下げ、
ブレバタを再始動して作られたのがこのアルバムだったらしい。
本作リリースとほぼ同時に、カフェ・ブレッド&バターは閉店したという。


Late Late Summer.jpg


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2011年06月15日

Lovers And Fools

高護の『歌謡曲〜時代を彩った歌たち』を読了。

色々なメディアで名著との評判だけに、
実に面白く為になった。
今まであまり音楽的な評論の対象にならなかったジャンル"歌謡曲"を、
メロディ、アレンジ、リズム、歌詞などの様々な切り口から
詳細に分析してる。

自分の記憶の中で1曲1曲切り離されたヒット曲たちが、
長い歴史の中でひとつの流れになって見えてくるような
俯瞰した目線も面白かったし、
何よりも名曲誕生時の逸話や、
外国曲との意外な関係性や影響、
作曲家やアレンジャーの出自など、
今まで全く知らなかったトリヴィアが満載だった。

例えば…

島倉千代子の「愛のさざなみ」とママス&パパスの
「Monday, Monday」のイントロの和声は同じ志向だとか、
ビー・ジーズのオーケストレーションやアレンジは
日本の歌謡曲に大きな影響を与えたとか、
ちあきなおみの「喝采」の最初のタイトルは「幕が開く」だったとか、
「北の宿から」は当初「野郎」という男歌だったとか、
筒美京平の処女作はドン・ホーの「黄色いレモン」だったとか、
尾崎紀世彦の「また逢う日まで」には英語ヴァージョンが存在するとか、
西城秀樹の衣装や振り付けには
『エルヴィス・イン・ハワイ』の影響があったとか、
ピンク・レディの「Kiss In The Dark」は全米37位まで上昇したとか、
ニューミュージックからシティ・ポップスへと変化していく時に、
英語詞の譜割り(カタカナ英語から本格的な英語譜割りへ)が
とても重要だったとか、
林哲司や船山基紀や萩田光雄や大村雅朗など
活躍した作曲家や編曲家にはヤマハ出身者が多いとか、
歌謡曲にはアダルト・オリエント・ポップスというジャンルがあるとか
(「ラブ・イズ・オーバー」「冬のリヴィエラ」「悲しい色やね」
「桃色吐息」「聖母たちのララバイ」などなど)、
1982年のレコード大賞の新人賞を
実は小泉今日子も中森明菜も受賞していないとか…。

印象的だったのは、
歌謡曲で三声ハーモニーのヒットがほとんどないのは、
日本人はジャズやリズム&ブルース的なハーモニーそのものに
馴染みが薄いからと指摘されていた部分。
女性グループでは特にそうで、
例えばアメリカであれだけヒットしたシュープリームスの
日本への影響は驚くほど小さいとの記述に、
確かに!と思った。

それが書かれていたのはキャンディーズの項で、
だから彼女らのハーモニーは特筆すべきものだと。

そうなんだよなぁ。
キャンディーズはユニゾンも多いけど、
ここぞという時に聴かせる三声ハーモニーにグッとくるのだ。

よし、この勢いで『レココレ』のキャンディーズ特集に突入するぞ。
(最近、歌謡曲づいてるなぁ)


今日のBGM:「Lovers And Fools」by 尾崎紀世彦

↑「また逢う日まで」の英語ヴァージョン(オケは日本語版と同じ)。
作・編曲の筒美京平のセンスが光る名曲中の名曲。
寺川正興の動き回るベース・プレイがスゴい。


Lovers And Fools.jpg


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