出勤というものが無くなった代わりに発生した弊害があるとすれば、
読書の時間が圧倒的に少なくなったということだろうか。
サラリーマン時代はどんなに忙しくても必ず通勤時間があったし
外食の機会も多いから、読書の時間は自然と増える。
でも家で仕事していると自分で意識的に作らないといけないし、
ベッドに潜り込んでからの至福の読書時間も、
忙しければバタンキューですぐに眠りについてしまうし…。
というわけで、かなり前からちょこちょこと読み続けていた
『トッド・ラングレンのスタジオ黄金狂時代』をようやく読了した。
いつものように図書館にリクエストして借りたのだが、
忙しくて2週間経っても読み終わらなかったので、
どうせこんなマニアックな本を借りるのは自分だけだからと
一旦返して引き続き借りようとしたら、
何と自分の後に何人もの予約が入っていて驚いてしまった。
(鎌倉市内にこんなにもトッド・マニアがいたなんて!)
結局その人達が全部読み終わって、
再び自分が借りられるまで随分と時間が経ってしまった。
最初の2週間で無理してでも読んでしまえば良かったと後悔しきり。
読むのに時間がかかったのは、退屈な本だったからではない。
その逆でとても面白かったので、内容を噛み締めながら、
いちいちレコードを聴いて音を確かめながら読んでいた。
トッド・ラングレンの膨大なスタジオ仕事をまとめて分析した本は
今まで読んだことがなかった。仕事の請け負い方やスタジオでの方法論、
彼の性格やプライヴェートな実生活やら何やらが、
実際に仕事を共にしたミュージシャンや関係者の言葉で詳細に綴られていて、
実に読み応えがあった。
才能とは、凡人には見えないことを見る能力のことなんだなぁと、
読み終わってみてつくづく思う。
例えばブライアン・ウィルソンのスタジオ・セッションなどでもそうだが、
彼にはサウンドの完成型が頭にはっきりと描けているのだ。
トッドも同じで、スタジオで迷ったり考え込んだりすることが一切ない。
アイデアの奇抜さと豊富さ、問題解決の早さ、それによる生産性の高さなど、
まるで一般のビジネス書でも参考になりそうな事例ばかり。
ユートピアのメンバー、カシム・サルトンは
「あの頃(1978年)のトッドは2週間もあれば、
何もないところからアルバムを1枚完成させることができた」なんて言ってるし、
パティ・スミス・グループのレニー・ケイは
「欲しいものが分かっていたら手に入れてやる、
分かっていなかったら代わりに見つけてやる」という
トッドのプロデュース哲学(惚れちまいそう!)を、
創造性がないと出来ないことだと賞賛してる。
その一方では、とても飽きやすく、
同じことを繰り返すような単純作業は心底嫌いだったりするのが面白い。
トッドは初期に量産していた、誰もがいい曲だと思うような
ピアノ・バラードを徐々に書かなくなっていったけど、
それもこのような(天才にありがちな)飽きっぽい性格からくるのだろう。
かの美メロ名曲「A Dream Goes On Forever」を
「あの頃の自分なら眠っていても書けた女々しい曲」と切り捨てていたりして、
そういう曲のファンとしてはちょっと複雑な気持ちになったりもする。
そういった天性の創造性と、
エンジニア的な理数系の頭脳や感性を両方持ち得ているのもこの人の特異性。
世界がまだ『トロン』に驚いていた頃からシーグラフの熱心な参加者だったり、
シリコンヴァレーでの熱狂を間近で見たいからと
慣れ親しんだウッドストックを捨ててサンフランシスコに移住したことなども、
本書で初めて知ったことだった。
他にも「Sons Of 1984」の演奏にはホール&オーツが参加してるとか、
ユートピアの「The Very Last Time」は
ボストンの「More Than A Feeling」を下敷きにしてるとか、
XTCの「That's Really Super, Supergirl」のスネア・ドラムは
ユートピアの『Deface The Music』のマスターからサンプリングされたとか、
曲についての興味深いトリヴィアもたくさん知ることができた。
ところで、
最近『A Wizard, A True Star』の全曲再現ライヴをやって
ファンを狂喜させたトッド。次はぜひ『Something/Anything?』の
全曲再現ライヴをやってもらいたいなぁ。
(もちろん来日公演も有りで!『Something/Anything?』なら客入るでしょ)
今日のBGM:「All Smiles」by Utopia
↑丸ごとビートルズのパスティーシュ・アルバム『Deface The Music』から、
どこをどう聴いても「Michelle」をネタにしたナンバー
(邦題「ミッシェルの微笑み」)。
ユートピアの『Deface The Music』がリリースされたのが1980年10月で、
ジョン・レノンが射殺されたのがその2ヶ月後の12月。
本書によれば、ふざけたビートルズのパロディ・アルバムなんか
誰も聴きたくないという最悪のタイミングでリリースされ、
世間から酷評されたんだとか。
しかも狙撃犯のマーク・チャップマンは
ジョンと同じくらいにトッドの大ファンだったことが発覚!
この頃のトッドは踏んだり蹴ったりだったんだね(泣)。

