2014年07月28日

The Mayor Of MacDougal Street

デイヴ・ヴァン・ロンクの自伝
『グリニッチ・ヴィレッジにフォークが響いていた頃』を読了。


The Mayor Of MacDougal Street.jpg


コーエン兄弟の新作映画
『インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌』の
ヒントになった回想録ということで、
映画を観る前からずっと気になっていた本だった。

映画の直接的な原作と捉えると大間違いで、
オスカー・アイザックが演じたフォーク・シンガーが
他人の家に寝泊まりしながら演奏家業を続けていく貧乏物語が
延々語られるわけでは全くなく、
デイヴ・ヴァン・ロンクという1人の革新的なブルース・シンガーによって
非常に思慮深く語られる、社会史的・音楽史的な記録だった。
(コーエン兄弟は、この本の中に出てくる印象的なエピソードを
何個か繋ぎ合わせて、オリジナルな映画を作ったまでだ)

デイヴ・ヴァン・ロンクについてはほとんど知識が無かったが、
恐ろしいほどの読書家&ルーツ・ミュージック研究家な彼の
知的で(皮肉溢れる)魅力的な語り口にすっかりハマってしまい、
久々に時間を忘れる読書体験をした。

何よりも、当然のことながら
50年代後期から60年代初めにかけて東海岸で起こった
フォーク・ムーヴメントを牽引した中心人物にしか書けない
当時の逸話や体験談が刺激的な面白さ。
特に後に有名になったアーティストが
初めてシーンに登場する記述は、
音楽史としてもかなり貴重だと思う。

例えば、後にピーター・ポール&マリーとしてデビューする
ノエル・ストゥーキーは当初コメディアンとしてスタートし、
十八番は旧式の水洗トイレのものまねで、
しばらくの間は“トイレット・マン”として売り出されていたとか、
サイモン&ガーファンクルが初めてフォーク・デュオとして
ガスライト(フォーク・シンガー御用達のコーヒーハウス)に出演した際、
ヴィレッジのフォーク純粋主義者たちは
過去にトム&ジェリーとしてTop40ヒットを持つ彼らを
旬の過ぎたポップシンガーと物笑いの種にしていて、
「Sound Of Silence」の一節「Hello Darkness My Old Friend…」を
ポールが歌いだすだけで会場が爆笑に包まれた…とか。

映画『インサイド・ルーウィン・デイヴィス』では
ボブ・ディラン(らしき男)がステージで歌うラスト・シーンが
非常に印象的だったが、もちろんこの本でも
ボブ・ディランとの交流はかなり詳細に述べられている。

フレッド・ニールのステージでハーモニカを吹いている
ボブ・ディランを初めて見た時の印象を、デイヴは
「みすぼらしいトウモロコシ畑からの脱走者」と表現し、
「その演奏には笑いが止まらなくなるような、
がむしゃらでダダ的なところがあった」と評している。
(“ダダ的”という言葉にデイヴの知性を感じると同時に、
一瞬にしてディランの特性・芸風を見抜いたような気もする)

“ボビー”(ボブ・ディラン)との蜜月時代を
甘いノスタルジーに浸りながら描くことはせず、
ちょっと突き放したようなクールさで述懐しているのが面白い。
1965年のニューポートでのエレキ・ギター導入事件についても、
デイヴの判断基準は政治的なものでも社会学的なものでもなく、
あくまでも音楽的なもので、“音楽的に成功しているか?”という
シンプルな目線で捉えていた(そしてあの時の彼の選択は
大正解だったと結論づけている)。

長年の貴重な経験から導き出した、
音楽に関する様々な鋭い考察は本著の中で数多く見つけられるが、
特に個人的に感銘を受けた文章を2つ引用したい。

「ある意味では、誰が誰に影響したかという問い自体がくだらないのだ。
剽窃は芸術の第一法則で、賢明なミュージシャンのグループなら
どこもそうであるように、私たちもみんなお互いのポケットに
手を入れて暮らしていた。ボビーは私を含めた
たくさんの人たちから材料を仕入れていたが、
私たちのほうもみんな彼から得るものがあったのだ」


「ソングライターにとっての最大の問題は
創造力より批評力のほうが速く伸びることで、
自分の曲の欠点で頭が一杯になってしまって
曲作りをやめてしまうのは非常にたやすい、
とレナード・コーエンがよく指摘していた。
私はいい歌に必要な要素についてかなり洗練された持論を
いくつか作りあげていて、自分では全体的に理に適っていたと思うのだが、
それはちょっとやそっとではびくともしない、
自らが課した曲作りの閉塞状態の隠れみのとしても機能していた。
私がそんな状態から抜け出せたのは、レナードと
ジョニ・ミッチェルの二人とよく会うようになってからだ。
二人とも私の言いわけや自己弁護に耳を貸そうともしなかった。
ただこう言われた。“くだらない。どんな馬鹿にだって曲は書ける。
だからつべこべ言わずに書きなさい”」


この2つの記述は、音楽の分野だけではなく、
全てのモノ作りに携わる人たちにとって、
とても重要な示唆や教訓を含んでいると思う。
剽窃や批評性を全く持ち得ない純粋な表現者を天才とするならば、
デイヴ・ヴァン・ロンクは恐らく天才ではないと思えるが、
だからこその苦悩や思索や達観に
僕は強烈なシンパシーを抱いてしまった。


今日のBGM:「House Of The Rising Sun」by Dave Van Ronk

↑この曲にまつわる、デイヴとディランの確執にも多くのページを裂いている。
もともとはアラン・ロマックスが収集したトラディショナル・ナンバーだが、
あの有名な半音下がるアレンジを付けたデイヴの代表曲となった。
その後はボブ・ディランの、
更にはアニマルズの代表曲になるのはご存知の通り。

ちなみにこの歌の中に出てくるハウスとは
通説となっている売春宿のことではなく、
オーリンズ・パリッシュ女子刑務所ということも本書で知った。

↓デイヴ・ヴァン・ロンク版は1964年のマーキュリー盤
『Just Dave Van Ronk』に収録されている。


Just Dave Van Ronk.jpg




posted by Good Time Graphicker at 02:51| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月02日

Beatles gear

HPの“Works”に『Beatles gear[新装・改訂版]
写真でたどるビートルズと楽器・機材の物語 1956〜1970』

をアップしました。

アンディ・バビアック氏が2002年に刊行し、
日本語翻訳版がリットー・ミュージックから出版されると
すぐさま大きな話題となった名著『Beatles gear』。
今回DU BOOKSから発売された新装改訂版の
デザイン、レイアウトを手掛けさせて頂きました。
(先月の半ばには発売されていたんですが、
ちょっと紹介が遅くなってしまいました)

特典として…

Beatles Gear Postcard.jpg

↑こんなポストカードや

Beatles Gear Shiori.jpg

↑こんな栞なども制作したので、
気になる方はぜひお店でチェックしてみて下さい。


内容はサブタイトルにあるように、
ビートルズのメンバーが結成から解散までに手にした
楽器や機材を解説したヴィジュアル本。
ただマニアックに解説しているだけじゃなくて、
ちゃんとバンドの物語の流れの中でうまく楽器を紹介しているので、
ギター・マニアや演奏家以外の普通の音楽ファンにも
十分に楽しめるのがこの本の優れたところ。

リッケンバッカー、グレッチ、カジノなどの定番ギターや、
金メッキされたポールの曰く付きヴァイオリン・ベース、
サイケ調にペイントされたジョージのストラト
ロゴ・ヘッドの変遷が詳細に記されたリンゴのラディック、
ヴォックスのアンプからメロトロン、ムーグ・シンセまで、
彼等の楽曲をカラフルに彩った様々な楽器が
カラーで次から次へと登場する。

大学時代に一生懸命バイトして、
リッケンバッカー325(ジョンのショートスケール・モデル)を
中古で買った自分のような人間にとっては
ギターの大きな図版をひたすら眺めているだけでも幸せだが、
書かれている楽器に関する物語の中には知らないことも多く、
興味深い発見が多かった。

一番「へえ〜っ」って思ったのは、
ジョンがリッケンバッカーというギターを知ったきっかけが、
ジョージ・シアリング・クインテットの1955年頃のライヴで
トゥーツ・シールマンスが弾いていたのを見たからという話。
シールマンスはジョンのお気に入りのギタリストで、
たまたま彼が使っていたリッケンバッカーをカッコいいと思い、
ハンブルクで手に入れたらしい。
(これって有名な話?)

ジョンがジョージ・シアリングみたいな音楽を
聴いていたというのが面白い。
ちなみにジョージ・シアリング・クインテットの1959年のライヴ盤
『Shearing On Stage!』のジャケットを確認してみると…


George Shearing on Stage.jpg


確かに右上に写っているトゥーツ・シールマンス↑が
リッケンバッカーらしきギターを弾いている!

ここで想像するに、
ジョンは音色とか音楽性云々はあまり深く考えずに、
単に「格好がいいから」という理由だけで
リッケンバッカーを選んだんじゃないかと。

ポールがヘフナーのヴァイオリン・ベースを最初に選んだ理由も、
左利きの彼が逆さに持っても(左右対称で)見栄えが良かったから
と語っているが、ジョンにしてもポールにしても、
「見た目でピンと来た」みたいな視覚的感性のみで
楽器を選んでいるような気がする。

それは彼等がアート・スクール出身ということと無関係じゃなくて、
自分たちがステージ上で映える術みたいなことを、
かなり初期から意識していたように思う。

ビートルズがあれほどまでに成功したのは、
単に音楽的に優れていただけではなくて、
こういう鋭いヴィジュアル・センスも突出していたからだと、
楽器という側面から見ても改めて痛感した次第なのです。


今日のBGM:「Nowhere Man」by The Beatles

↑この曲のギター・ソロは、
1965年にジョンとジョージがお揃いで買った
ソニック・ブルーのフェンダー・ストラトキャスターを
2人がユニゾンで弾いている…
みたいな楽器トリヴィアが満載。

はぁ…それにしてもいい曲。


posted by Good Time Graphicker at 05:25| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月28日

Beautiful Covers[Remaster]

紹介するのが遅くなってしまいましたが、
この度『ジャケガイノススメ』がリニューアルして再版されました。


Beautiful Covers Re.jpg


前にいた事務所で自分が制作に関わった、
美しいレコード・ジャケットをたくさん載せたヴィジュアル・ブックで、
もうかれこれ8年も前にもなります。

その間に、この本を巡って様々な物語や出会いがありましたが、
(このブログでもこことかこことかここに色々と書きました)
再び多くの人に見て頂けるのは本当に嬉しいです。

ジャケットのセレクトは
ちょっとイージーリスニング系が多かったかなとか、
色々と思うところありますが、
それもあの本の個性となって
今でも不思議な魅力を発しているようにも思えます。

制作に関しては
ひたすらフォトショップでジャケを修正した記憶しかなく、
2、3ヶ月間、休日が全く無かったことなどが甦ってきて
ちょっとぞっとしますが、
今となっては懐かしい想い出です。

今回の再版は[リマスター]と銘打って、
24ページを新たにプラスし、
山田稔明さんなどの書き下ろしコラムを追加編集した
増補改訂版になっています。

僕は今回、編集・デザインには全く関わっていませんが、
改訂作業を全て担当された土橋さん、
そして再びこの本を世に出すきっかけを作ってくれた吉田さんに
心からお礼を言いたいと思います。
有難うございました。


今日のBGM:「Viens」by Migiani Grand Orchestre

8年前にこの本を作った時に、
載せることができて個人的に一番嬉しかった
ミジアーニ・グランド・オーケストラの飛行機ジャケ↓。
↑曲はそのアルバムの中で一番好きなナンバー。


Migiani Grand Orchestra.jpg


そして今回の[リマスター版]には
新たなミジアーニ・グランド・オーケストラの
猫ジャケが追加されています。
(気になる方はぜひ店頭でチェックを!)


posted by Good Time Graphicker at 04:16| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする