『伝説の[カフェ・ブレッド&バター]』という本を借りた。
岩澤幸矢と岩澤二弓による兄弟デュオ、
ブレッド&バター初の自叙伝である。
タイトルにもあるように、
「ブレッド&バター」とはアーティスト名でありながら、
兄弟が70年代に深く関わった茅ヶ崎のカフェの名称でもある。
好き好んで湘南に住むくらいだから、
その伝説のカフェ「ブレッド&バター」のことは前から知っていた。
もちろん世代的に間に合わなくて訪れたことはなかったが、
60年代〜70年代の湘南の音楽文化に興味を持つ過程で、
後追いで知ったのだ。
なのでこの本はとても興味深く読めたし、
今回新たに知ったことも多かった。
まず構成が面白い。
前からは兄の幸矢氏が縦組みで「海まで歩いて7分」という自伝的エッセイ、
後ろからは弟の二弓氏が横組みで「Café B&B 1975-1979」という
追想記になっている。幸矢氏の文章はワイルドかつクールで理知的、
二弓氏のそれはナイーヴで叙情的、みたいな印象を受けた。
まず驚いたのが、この兄弟のお父さんって
脚本家/映画監督だったんですね。
岩澤庸徳といって、女優の高峰秀子から恋文を貰ったこともある
粋な映画人だったらしい。松竹大船撮影所の入社をきっかけにして
東京・深川から茅ヶ崎に引っ越してきたんだとか。
50年代〜60年代初期の茅ヶ崎の描写が良かった。
まるで昔の日本映画を観てるみたい。
何もないただの田舎の海岸から、
60年代中頃にパシフィック・ホテル茅ヶ崎が建ったあたりから
湘南文化が徐々に花開いていく様子が活き活きと描かれている。
幸矢氏の1967〜68年のアメリカ旅行記も面白かった。
一番いい時期にLAやNYを体験していて読んでいて興奮しきり。
その旅を共にした浩という男のキャラが最高にイカしていたが、
なんとトムズ・キャビンの麻田浩氏のことだと書いてあってびっくり!
更に70年代初めのロンドン・レコーディングで
スティーヴィー・ワンダーと知り合い、
後に「I Just Called To Say I Love You」を提供して貰う経緯や、
当時ブレバタで録音したにも拘らずオクラ入りになってしまった真相なども
今回初めて知ってなるほどなと。
また加山雄三、岸辺シロー、喜多嶋修、桑田佳祐、南佳孝、
ユーミン、オフ・コース、細野さんを始めとする
ティン・パン系ミュージシャンとの交友録も楽しかった。
(幸矢氏がマナと結婚したきっかけは、茅ヶ崎の飲みの席で
桑田さんが言った「マナとサッチン結婚したらいいんじゃねーの」
という軽いひと言だったそうだ)
ところで、
ブレバタやサザンの「ホテル・パシフィック」という曲の題材にもなった
(個人的には「夏をあきらめて」の詞で初めて存在を知ったが)
「パシフィック・ホテル茅ヶ崎」は上原謙と加山雄三が経営者だと思っていたが、
その親族で、岩倉具視の孫にあたる岩倉具憲氏も
共同オーナーだったことをこの本で知った。
その娘の瑞江さん(通称セミ)が岩倉家の膨大な敷地を使って
コミューン生活を始めたのが70年代半ばの頃。
(ブレバタの名盤『Barbecue』の頃っすね)
その庭の隅にあった9坪のガレージを改装して作ったコーヒー・ハウスが
初代「ブレッド&バター」だった。
弟・二弓氏の文章には、その伝説のカフェ「ブレッド&バター」が
開店してから閉店するまでの5年間のことが詳細に綴られている。
還暦を過ぎた今だからこそ言える、
当時の人間関係、恋愛のことが結構赤裸々に告白されていて驚いたが、
70年代の湘南に暮らした若者たちの青春が眩しく描かれていて、
読んでいて淡くノスタルジックな感情に浸ってしまった。
ちなみに現在、パシフィック・ホテル茅ヶ崎の跡地には
高級マンション「パシフィックガーデン」が建っている。
昨晩、その近くにあるアナログ・レコード・バー「BB」という店に行って
一杯飲んで来た。
この店も元々はブレッド&バターのマネージャー氏が
10年ほど前に開店した店で、
僕も何回かDJにお呼ばれしてレコードを回したことがあった。
その「BB」も今週末には閉店してしまう。
海風が気持ちいい海岸近くのその場所から撤退して
新しい場所で再開するそうなのだが、
今も昔も色々なことが目まぐるしく移り変わっていく日々に、
何だか少し切ない気持ちになってしまった。
今日のBGM:「Summer Blue」by ブレッド&バター
↑アルファに移籍してリリースされた1979年のアルバム
『Late Late Summer』から大好きな曲を。
作曲:岩澤二弓、編曲:細野晴臣。
二弓氏がセミと別れて辛い日々を送っていて
どうしようもなくなった時に、お兄さんに頭を下げ、
ブレバタを再始動して作られたのがこのアルバムだったらしい。
本作リリースとほぼ同時に、カフェ・ブレッド&バターは閉店したという。

