かねてから観たかった『わたしを離さないで』をようやく鑑賞。
映画の話をする前に、
カズオ・イシグロの原作について少し語ろうと思う。
友人から「面白いよ」と言われて読んでみたのだが、
確かに冒頭から一気に話に引き込まれていった。
寄宿学校で過ごす3人の少年少女の淡い恋や友情の話かと思いきや、
中盤辺りから徐々にSFめいた不気味な色を帯びていく。
後半は3人が生きる世界に完全に飲み込まれながら、
彼等と運命を共有していくような(切なくも)希有な読書体験を味わった。
原作に対して、
「SFとしての世界設定がユルいため、話の粗が多過ぎる」
という意見もあるようだが、僕は本作に関しては
そのことはほとんど問題になってはいないと思った。
著者ははっきりと「これはSFではないし、
最先端テクノロジーの進化の話でもない」と語っているし、
物語はそういった設定的な話をあえて周到に避けているフシもある。
言ってみれば、ややこしい設定を抜きにした、
けれどSF的なバック・グラウンドを持つ、
普遍的なラヴ・ストーリーになっているのだ。
そこが読んでいて新鮮だった。
以前このブログで、
最近売れているミステリー作家の作品に対して
「物凄く一生懸命に設定や伏線を考えている感じがしてシラける」
と書いたことがあるが、
『わたしを離さないで』には逆にそのような「設定感」が
ほとんど感じられないことに驚いたし、
自分がすんなりと物語に入っていけた大きな理由はそこだと思う。
ただそのせいで、
3人の規制された行動に対して多少違和感を感じることがあったり、
語り口がセンチメンタルになり過ぎていると感じないこともなかった。
そこで映画である。
脚本をカズオ・イシグロ本人の助言を得ながら、
友人であるアレックス・ガーランドが丹念に書き上げただけあって、
原作のその過剰な情緒感、時間や空間を行ったり来たりする複雑な構成が
見事に削ぎ落とされて、実にポイントを押さえた物語になっていた。
まるで道草をやめて、行くべきところだけを順番にサクサク訪ねていく
パック・ツアーみたいなストーリー展開に、
逆に「原作読んでない人は分かるんかいな?」と不安になったりもしたが、
監督のマーク・ロマネクを含め制作スタッフは
概ね堅実な仕事をしたなと思う。
何となく夢の中のような世界だった原作に対して、
やはり映像という身も蓋もないリアルな解釈が付け加えられると、
登場人物たちの運命の過酷さが際立って見えた。
トミーが最後の最後にキレてキャシーと泣き崩れるシーンに
(原作を読んだ時よりも)胸が熱くなってしまった。
あと『17歳の肖像』を観ても思ったけど、
やっぱりキャリー・マリガンって好きな女優だわ。
今日のBGM:「Never Let Me Go」by Judy Bridgewater
↑今日の1曲はやっぱりこの曲しかない。
物語におけるこの曲の重要性が、映画では原作よりも
軽くなってしまっていたのが残念だった。
先日教育テレビで放映されたETVの番組で知ったけど、
カズオ・イシグロはもともとミュージシャンになりたかったんだとか。
物語と音楽の絡め方の深さが、
例えば昨今の日本の小説によく見られるような、
(音楽ファンを取り込むだけのために)ただビートルズの曲の
タイトルを付けました的な軽いノリとは違うなと思っていたので
やっぱりなと。

